2014年10月アーカイブ

当社では今月、新築住宅が3件着工しました。それに伴い、先週はA様邸、今週はM様邸の地鎮祭を執り行いました。

地鎮祭とは、その土地の神を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得ることで、これから行われる工事の安全と、家族の反映をお祈りする儀式です。

A様邸の地鎮祭は小雨の降るあいにくの天気でしたが、厳かな祭事となりました。また今後、本格的に工事が行われるということで、嬉しさの中にも緊張感が見られる、若いご夫婦の表情が印象的でした。

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M様邸の地鎮祭は天気に恵まれ、ご家族の方にも大勢お集まりいただきました。これから家づくりが始まっていくという、前向きな空気が会場に溢れていました。

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A様邸、M様邸とも敷地は住宅団地にあり、静かで良い環境です。社員一同、これから始まる新しい場所での落ち着いた生活のお手伝いをさせていただきたいと思います。


富山の人にとって、金沢は割と気軽に遊びに行くことができる街です。その金沢の郊外にも、是非一度は訪れてもらいたい建物が残されています。それが「喜多家住宅」(石川県野々市市)です。

喜多家住宅は町屋で、通りから見た外観からは想像できませんが、中には豊かな空間が広がります。玄関をくぐり通り庭へ進むと、上には美しい梁組が広がっています。

中は数奇屋風(茶室風)で、通り庭の梁組のような水平と垂直が整った一般的な和室のイメージと違い、自由な造りとなっています。そこから眺める庭も見事なものです。

奥に残されている蔵は、喜多家が幕末から行っていた酒造りのために使われていたものです。実は住宅も一度火災に遭ったため、明治期に市内から移築してきたものです。

通り庭の吹き抜けが現代の住宅にあったとしたら、冬寒くて嫌がられるかもしれません。しかしながら、木の柱や梁による空間は建築だけが持つ魅力で、他に代え難い。ここを訪れたとき感じました。

 

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民家というと、太い柱梁や立派な屋根を載せた和風の建物をイメージしますが、今回は洋館の邸宅をご紹介します。

「旧グラバー邸」(長崎県長崎市)は、鎖国が終わった幕末に、商機を求め長崎へ渡ってきたスコットランド人・グラバーの邸宅です。

まず目につくのはベランダです。ベランダは東南アジアにヨーロッパの人々が進出したとき、蒸し暑い現地の生活を少しでも快適にするために設けられたものです。日本の夏も蒸し暑いので、グラバー邸にも設けられました。

バルコニーの天井は涼しげですが、実際には鳥が巣を造らない工夫が必要ということで、メンテナンスが大変そうです。現代の住宅なら、別の方法で涼しさを感じさせると思いますが、先人のこうした失敗が生きているのではないでしょうか。

バルコニーのアーチや、八角形を使った平面、壁のペンキ塗りも、異国情緒を感じさせます。

グラバー氏が高台にあるこの邸宅から、眼下に広がる港を眺めながら、商談をしたり、家族と休日を過ごしたりする様子が目に浮かぶようでした。

 

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週末、2週続けて台風が日本列島を直撃しました。そこで今日は、台風に関連した古民家をご紹介します。

「いしぐろの町並み」(高知県室戸市)は、台風銀座と呼ばれる室戸岬に近い集落だけあって、雨風に備えた造りになっています。この地域は古くから農林業が盛んで、木材や薪などを京阪神に運んで潤ったといいます。明治に入ると木炭の生産が始まりました。吉良川炭と呼ばれる白炭は、黒炭より固くて火力が強く、長時間持つため、備長炭の中では最高クラスとされました。

こうして財を成した人達が造り上げたのが「いしぐろの町並み」です。「いしぐろ」とは風から家を守る塀のことで、半割りにした玉石と、大きな角ばった石による石垣が独特の表情を見せています。

土蔵には壁に庇が幾重にも付けられていて、横から叩きつける雨水を逃し漆喰の白壁を保護してくれます。屋根勾配も、強い風を考えてか比較的緩やかになっています。

壁についた庇を初めて見たときはびっくりしました。最初、壁に庇を付けた人は、色々言われたかもしれませんが、理にかなったデザインです。正しいと信じたものは勇気をもって実行していく、それを「いしぐろの町並み」は伝えているのではないでしょうか。

 

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「日本の古民家」探訪もその3となりました、その1、その2では県外の民
家を紹介してきましたが、今回は県内の民家「武田家住宅」(富山県高岡市
)をご紹介します。
武田家は、武田信玄の弟・逍遙軒信綱の子孫と伝えられ、代々地区の代表で
ある肝煎(きもいり)を勤めた家系です。江戸時代後期の安永年間(1772~
1780)に、高岡市伏木の勝興寺本堂が再建されたときの余材で建てられたと
も言われています。
武田家住宅を訪れると、まずは立派な屋根にひかれます。ここでは屋根の材
料として、主に茅、瓦、こけらが使われています。同じ屋根でも材料によっ
て随分と印象が違いますが、使い分けることで武家住宅らしい洗練された雰
囲気となっています。現代の住宅で、これほどの立派な屋根を載せるのは難
しいですが、古民家には、住宅を設計する際のヒントが隠されていると思い
ます。
内部も立派な造りとなっていて、ワクノウチや続き間の座敷、庭を望む縁側
など、農家住宅の造りを基本としていて、古材の魅力を味わうことができま
す。古民家探訪の楽しみの一つは、木材にあります。太さや長さのある立派
な木材、手に入れることが難しい希少な材を使うことは、当時の財力や権力
の象徴でもありました。こうした木材による空間が現代に受け継がれること
は、とても価値のあることだと、訪れる度に感じます。

「日本の古民家」探訪もその3となりました、その1、その2では県外の民家を紹介してきましたが、今回は県内の民家「武田家住宅」(富山県高岡市)をご紹介します。

武田家は、武田信玄の弟・逍遙軒信綱の子孫と伝えられ、代々地区の代表である肝煎(きもいり)を勤めた家系です。江戸時代後期の安永年間(1772~1780)に、高岡市伏木の勝興寺本堂が再建されたときの余材で建てられたとも言われています。

武田家住宅を訪れると、まずは立派な屋根にひかれます。ここでは屋根の材料として、主に茅、瓦、こけらが使われています。同じ屋根でも材料によって随分と印象が違いますが、使い分けることで武家住宅らしい洗練された雰囲気となっています。現代の住宅で、これほどの立派な屋根を載せるのは難しいですが、古民家には、住宅を設計する際のヒントが隠されていると思います。

内部も立派な造りとなっていて、ワクノウチや続き間の座敷、庭を望む縁側など、農家住宅の造りを基本としていて、古材の魅力を味わうことができます。古民家探訪の楽しみの一つは、木材にあります。太さや長さのある立派な木材、手に入れることが難しい希少な材を使うことは、当時の財力や権力の象徴でもありました。こうした木材による空間が現代に受け継がれることは、とても価値のあることだと、訪れる度に感じます。

 

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本日、新築住宅の地鎮祭を執り行いました。

地鎮祭とは、その土地の神を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得ることで、これから行われる工事の安全と、家族の反映をお祈りする儀式です。今後、工事が本格的に行われていきます。

地鎮祭は、上棟式や引渡しなど住宅の工事や、家づくりの中で大事な節目の儀式です。空気の澄んだ朝の早い時間に行ったせいか、辺りには厳かな雰囲気が生まれ、社員一同身の引き締まる思いでした。

Y様は新しい家族が増えたばかりです。ご家族の未来が明るくなるよう、精一杯仕事をさせていただきたいと思います。


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